実際には食事が出るようになったのは術後10日くらいだったと思う。
食事と言っても、薄い重湯、味噌汁の上澄み(実質塩水)、葛湯。
全部お湯やないかい!とツッコミたくなるメニューである。
膵臓を切ってしまうと膵液が出ないため消化が悪くなる、ということで、膵胆食というのはとにかく味がない流動食だ。ここから一週間毎くらいに徐々に固形食になっていくのだが、味気ないのは変わりなかった。隣のベッドのおばあちゃんが「なーんだ、焼きそばかあ」と言っているのを聞いて羨ましくて涙が出たくらいだ。
その時ものすごく食べたかったボンゴレビアンコの写真を待ち受けにしていたくらい、薄い味のものに飽き飽きしていた。
「生野菜食べたい!」「納豆食べたい!」と叫んでいたが、生野菜は抵抗力がないからダメ、納豆はワーファリン飲んでいる人が多いので、基本出していない、と説明された。
膵胆食1、と書いてある札を見て、2や3があるんだな、と薄々気づいていた。時間が経つにつれ、食形態は徐々に上がっていく。が、味は薄いままだった。うどんなのに、出汁の味がしない。よく出たメニューは芋。里芋、小芋、じゃが芋、サツマイモ、芋芋芋。これもほとんど味付けはしていない。食べられず、点滴の日々が続いた。
回診の先生に「コンビニにアイスとか買いに行かないの?」と言われたことがあったが(この先生は主治医ではない)、いやいや、まだ痛くて歩けないのにどうやって行くのコンビニ!?と心の中で突っ込んでおいた。
一週間に一回、NST(ニュートリション・サポート・チーム)の回診がある。
血液検査の結果を見ながら、「食べれてないねえ」とお医者さんに言われ、「美味しくないんです」と正直に言ってしまった。「膵胆食味気ないからね。頑張って食べてね」と言われたが、ここからほぼ1ヶ月、アルブミン値の改善はほとんどないまま、栄養士さんを悩ませることになる。
胃や大腸切除術の後は、分食といって、一回の食事を数回に分けて食べることがある。私の場合も三回の食事の後におやつが出ることになった。
鉄分とかカルシウムとかが調整されている栄養ゼリー。オレンジやピーチの味がするのだが、どうも薬臭くて食べにくい。これとプリンがセットだったりする。
ゼリーとプリン?なんだこの組み合わせ。
他に、プリンとヨーグルト。ベビーチーズとプリン、ビスコと牛乳。
たまにチョコドーナツ。
分けても食欲は変わらないので、冷蔵庫にヨーグルト、牛乳、ゼリーがどんどん溜まる。
執刀医が回診に来て、「食べないとダメだよ」と仰るものの、食べられないものは食べられない。「先生、ヨーグルトとプリンなんて一緒に食べられません」「ヨーグルトとプリンは別のものでしょう」「…先生ヨーグルトとプリン一緒にいけるんだ」「うん」
この会話を聞いて看護師さんが「あの先生いつも真面目な顔してるから、あんな会話すると思わなかった」と笑っていた。
動かない、食べないでどんどん体力は落ちて行く。
「リハビリしようか」
主治医の判断で理学療法が処方された。
人は、自分のことになると何ともできないものである。