手指感覚

 物を操作しようとする時、無意識に手はその形に合わせて大きさや形状を変える。これをプリシェイピングと言う。その過程は意図的でなく、ほぼ無意識的に行われている。視覚でモノを捉えたとき、人は触る以前にその物体から色々な情報を収集する。大きさ、触感、温度、硬さ、材質。片手で大きすぎて持てなければ両手を使おうとするだろうし、尖っていたりザラザラしていれば手袋を使うこともある。熱そうだったら冷めるまで待つだろうし、柔らかくて壊れそうだったらそっと触るなど工夫するだろう。ここまでは、触る以前に視覚で得る情報である。フワフワの変な感触のビーズクッションを売っているが、見た目で想像した触感と現実が違うとちょっとびっくりする。

 では、視覚障がい者はどうやって道具の情報を収集するのか、ちょうど該当する対象者があり、実習中の学生に説明した。全盲の場合、触らなければ物体の情報は得られない。掌が目になる。目を瞑って物を触れば分かる。形状が分かるまで手の形は変わらないが、それが何か判断した瞬間、手の動きは変わる。初めて触る物は情報収集に時間がかかる。それは一体何なのか、外から聴覚による情報も必要になる。形状や用途を聞くだけでも手の動きは明らかに変化する。恐らく、働いている脳の領域や情報経由ルートも視覚可能な場合とは違う筈である。

 道具を使う場合、例えば箸でご飯を食べる場合や魚を食べる場合、直接手で触っているわけではないが、手は食べ物の形状に合わせて箸の使い方を変える事が出来る。お箸を通して伝わってくる食べ物の情報は、手で触ったのとは違うものの、食べるという目的を達成するためには必要な情報と言える。これは視覚と触覚の併せ業だと思う。細かい骨などは、触覚だけでは流石に取り除けない。手袋で触ったときも、手袋から伝わってくる情報を、ある程度は直接触った時の感覚のように推測、修正することが可能である。勿論箸の時と同様直接触る場合と感覚は違うが、見えていればそれが何物であり、どう扱えばいいかは瞭然としている。道具を使った時の感覚情報の処理方法を伝えると、多くの対象者が、『当たり前だと思っていたのに、気がつくとすごいことだなぁ』と驚く。
 私が学生の頃、指導者が対象者に、車椅子座位で棒で風船を叩かせているのを見た。姿勢制御、道具の使用、道具からの感覚情報の収集など色々な理由が考えられる。が、当時は全く意味が分からなかった。『パーセプション』(シュプリンガー・フェアラーク社刊…だったかな)という本を渡されて読めと言われたが、読んで思ったのは、出来ないから練習するんだな(小学生並みの理解力(笑))という程度だった。きっと指導者は大いにがっかりしたに違いない。
 手に腫脹がある対象者が、『丸い物を持っているのに、楕円形の様に感じる』と感覚を表現していた。視覚と深部知覚にズレがあるために感じる違和感だろう。MP関節の屈曲が不十分で、他の手指関節にも制限がある。構えは出るが、意識してもシェイピングは不十分だ。この場合は関節の腫脹や可動域が元に戻るにつれ、疼痛や知覚障害がない限り感覚の違和感は修正されていく。物理療法と運動を根気よく続け、時が経つのを待つしかない。
 但し、末梢神経損傷での脱髄の場合はこの感覚の違和感以外にも問題が生じるので、症状については専門書(『末梢神経損傷診療マニュアル(金原出版)』など)で確認を。

 普段道具を操作する時に個々の筋感覚を考えている人などいるわけもなく、そんなことを考えながら作業をやっていたら膨大な時間がかかる。対象者に『…○○筋が…』なんて言いかけたら『ワシ、そんな難しいこと分からん』と笑いながら言われた。
 ハイ、すみませんでしたっ。